宇多田ヒカル 涙が話題になっています。
歌手の宇多田ヒカルさんが0周年の記念日ライブで涙を流し注目を集めています!!
コチラが宇多田ヒカルさんの涙に関する記事詳細です↓
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宇多田ヒカル 涙の詳細
歌手の宇多田ヒカル(35)が9日、千葉・幕張メッセで12年ぶりの国内ツアー最終公演を行った。1998年12月9日にデビュー。この日はちょうど20周年の記念日で、1万4000人の前で全20曲を熱唱し、延べ14万人を動員した全6都市、12公演を完走した。
これまでのヒット曲を新旧織り交ぜて披露。「traveling」のイントロでは「待たせてごめんね!」と客席に向けて手を合わせた。MCでは「デビュー20周年の記念日をこんなふうに過ごせて、誕生日とか、会の主役になるのは苦手なんだけど、これは素直に喜んでおきます」と感謝。会場のファンから約20秒の長い拍手が送られ、「冒頭から泣かせにこないで」と涙ぐんだ。
20年分の思いがあふれたのは、アンコールで披露したデビュー曲「Automatic」だった。歌を披露した後「めったにこんなこと言わないんだけど、私を産んで育ててくれた両親に感謝したいです」と、13年に亡くなった母で歌手の藤圭子さん(享年62)、父で音楽プロデューサーの宇多田照實氏(70)に向けた言葉を述べた。「母は私が小さい頃から才能を信じてくれた。そうじゃなかったらこういう仕事をしていなかったと思う」としみじみ語った。
15歳でデビューし、16歳の時に1枚目のアルバム「First Love」が国内で765万枚、海外を合わせると900万枚以上を売り上げ、日本歴代1位を記録するなど、鮮烈な印象を残した。その後もヒット曲を作り続けながらも、2度の結婚、離婚や、母親の自殺などプライベートでさまざまな浮き沈みを経験。10年から16年の間は“人間活動”を宣言して活動を休止した。
紆余(うよ)曲折を経て戻ってきた日本のステージ。「もうライブができないかもって思ったこともあった。20周年をこんなふうに迎えられて幸せです」。12年ぶりのツアーで出会った14万人分の歓声を糧に、21年目も歌を届け続ける。
引用元:宇多田ヒカル 20周年記念日の涙「めったにこんなこと言わないんだけど…」
【デビュー20年 公演で宇多田涙】https://t.co/3aIwXciy4X
宇多田ヒカルが9日、12年ぶりの国内ツアー最終公演。この日はちょうどデビュー20周年の記念日で、ファンから拍手が送られ、「冒頭から泣かせにこないで」と涙ぐんだ。
— Yahoo!ニュース (@YahooNewsTopics) 2018年12月9日
”会場のファンから約20秒の長い拍手が送られ、「冒頭から泣かせにこないで」と涙ぐんだ。”
今日の宇多田ヒカル
Automatic
珍しく歌詞忘れを取れて可愛かった!#automatic#宇多田ヒカル pic.twitter.com/qrH97ihfQN— 本日ハ晴天ナリ 12/8宇多田ヒカル (@gameleky) 2018年12月8日
宇多田ヒカルさんの曲で1番好きな曲🎶
まさかライブで聴ける日が来るとは😭#宇多田ヒカル pic.twitter.com/NftpNA1pdw
— 長州非力 (@jun_927panda) 2018年12月5日
20周年ツアーで代表曲の歌詞分かんなくなっちゃう宇多田ヒカルさん、かわいいだった pic.twitter.com/nxVt0NCNto
— 森本真伊 (@luv8maimai) 2018年12月8日
今回の宇多田ヒカルさんの涙についてネットの反応は以下の様なものでした↓
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宇多田ヒカル 涙についてネットの反応
人間活動って。彼女にとっては苦労ばかりだったんじゃなかったかと慰めたくなりますが、歌は確実に世界が拡がってきていると感じます、それにしてもコンサート行きたかったです、全然当たらなかった、、。
私達の記憶には藤圭子さんの思い出の方が強いね、!。
お母さんは歌も随分ヒットさせたが、超美人だった。
宇多田はルックスはお母さんには負けてるね。
宇多田は女性としては、所謂、美人ではない。
波瀾万丈の人生により更に魅力を高め天才少女から大人歌姫へと昇華しました。
これからは幸せに暮らして末永く素敵な歌声を聴かせ続けて下さい。
当時自分が子供のころ、歌はノリがいいもの流行っているものを聞いて楽しむことだと思っていました。けど、hikkiの歌に会ってからは、自分の心に響く歌もあるのだと初めて知りました。デビュー以来ずっと心の御守りとしていつも助けて頂いています。感謝しています。ありがとう。
濃い人生だよな。いきなり売れ、コロンビア大学に行き、辞め、両親ともに結婚・離婚を繰り返し親を意外な方向で失い、今に至る。 お金があったからこういう事ができたんだろうと思うけど、20年変わらず人気衰えず。 身体つきも良いし、何でもできる。
そうでしたね。昨日はデビューからちょうど20年ですか。初めて聴いた時は「何だ、このとんでもない歌唱力を持った娘は」という感じでしたが、暫くして昔有名だった藤圭子の娘だと知り、納得したのを覚えてます。
しかし、本当に凄かったのはそこからで、デビュー3ヵ月で出したオリジナルアルバムが、もう抜かれることはないであろう800万枚近くの売り上げですからね。ちょっと他の人とは次元が違い過ぎるという印象です。
そういえば、私が初めて行ったライブが幕張でやった宇多田自身初のライブだったです。行きたかったですね。
藤圭子さんの事、考えたら涙出ちゃった。
ヒカルちゃんにはいつまでも幸せでいて欲しい。
たしか私が中学生の頃、デビューしたんだよなぁとあらためて時の流れの早さを感じました。ずっと第一線にいて、この20年いつでも宇多田ヒカルの曲がそばにあった気がする。特にファーストアルバムに入ってる曲は本当によく聴いてた私の青春の曲です。
宇多田さんの歌やメロディーは心が打たれます。だから年を取った今は、すごく悲しい気持ちになる為、あまり聞かないようにしています。
正に天才少女の登場だった。
その天才少女も活動はじめてから20年。
人生色々あるもんだなって。
First Loveも好きだけど、Automaticが一番すきです。あの、少し怪しげなダンスも好きです。兎に角、天才だと尊敬しております。人間味あふれる方なんだですね。これからも応援します。
宇多田ヒカルの出現は、90年代後半邦楽に多大な影響をもたらしたのは間違いないと思う。
持って産まれた才能を見抜いた親は素晴らしいと思います。それを見事開花させた当人の努力は凄いです。
昨日ツアーファイナルに行ってきましたが、MCでデビュー当時の状況を話されていたのも印象的でした。
デビュー曲であるオートマティックはだんご3兄弟のためにチャート一位は取れず母である藤圭子さんの36週一位という偉大さをぽつぽつと語っていました。
お母さんのことを話される時、不意に子供っぽさが現れて口を結ぶ彼女の仕草に、なんだかグッときてしまいました。
この人は栄光と挫折と言うか闇が深い。
10代で時の頂点に君臨して、米国進出したが跳ね返され。
その後母親の自殺 結婚離婚をと人の何十倍以上も人生経験が豊富。
最近はちょくちょくテレビにも出ているけど
このままフェードアウトするにはまだ早い気がするし
来年以降も更なる飛躍を心から期待してます。
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